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教育勅語のキモは「天皇のために死ね」、では、道徳を説いた部分は今でも通用するのか。いや、道徳こそが問題。

教育勅語現代語訳

教育勅語のキモは「天皇のために血を流せ」。では、道徳を説いた部分は今でも通用するのか。

教育勅語って何だ !? そのキモは「天皇のために死ね」

江戸時代の庶民は天皇なんか知りませんでした。そこで明治期に天皇(と明治政府)を権威づけるため、そして自由民権運動に対抗するため出されたのが教育勅語です。「万世一系」も明治になってから言われ出したことです。

余談ですが、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫と、続日本記に記されている事から、韓国にゆかりを感じる」と現天皇自身が発言しているし、天皇家の血筋が途絶えたのも事実。継体天皇の場合は、その名が示す通り「天皇家の血筋が絶えたので、遠く越前まで血縁者(応神天皇の五代目の孫)を探し出して天皇に即位した」と古事記にあります。

さて、本題。1880年(明治13年)に、自由民権運動の代表が集まり、国会期成同盟を結成。1881年には政府が北海道開拓使の施設を安く、民間に払い下げようとして問題になった(なんだかなあ)。自由民権運動・国会開設運動はさらに高まる。こうした中、1890年(明治23年)に「教育勅語(教育ニ関スル勅語)」が公表された。

形式的には、1890年10月30日、宮中において、明治天皇が山県有朋内閣総理大臣と芳川顕正文部大臣に対して与えた勅語、と言う体裁を取る。ただし実際は井上毅・元田永孚らが起草した[1]。
その趣旨は、家族国家観による忠君愛国主義と儒教的道徳であり、教育の根本は皇祖皇宗の遺訓とされた。忠君愛国を国民道徳として強調しており、学校教育で国民に強制され、天皇制の精神的・道徳的支柱となった。
教育ニ関スル勅語

勅語の形式で発布された近代日本の教学の最高規範書。井上毅,元田永孚らが起草。1890年10月30日発布。家族国家観に基づく忠君愛国主義と儒教的道徳を内容とする。
教育勅語とは コトバンク 百科事典マイペディアの解説

「家族国家観による忠君愛国主義と儒教的道徳」「家族国家観に基づく忠君愛国主義と儒教的道徳」←ここ、大事ですよ。その点はあとで書くとして、肝心の教育勅語の中身はどうなっているのか。わかりやすい「現代語訳」がネットで話題となっているので引用させていただく。あまりにも「現代語」すぎて笑いそうになるが、あとからジワジワとおぞましさが染みてくる。

たとえば、「朕惟フ」と言うと、ふつう「私は思う」と訳す。もちろん間違っていない。でも、なんか違う。「朕」を使えるのは、天皇ただひとり。同時代で、「朕惟フ」を読んだ人は、「私は思う」とは受けとらなかったんじゃないかな。正確だけれど「正しくない」訳、そんな気がする。
教育勅語①「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね」
教育勅語②「きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです」
教育勅語③「その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」
(中略 もちろんキモはここ↓です。)
教育勅語⑥「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです
高橋源一郎氏の「教育勅語」現代語訳

一番の問題、キモは、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ、以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ(万一危急の大事が起つたならば、大義に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ)」というところにある。高橋氏の訳によれば「永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください」という部分である。

この教育勅語のおかげで、アジア太平洋で3,000万人が犠牲となった。

だから教育勅語は戦後民主主義の価値観と相容れず、戦後、「これらの詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する」として、1948年6月、衆参両院でそれぞれ無効・廃止が決議されている。教育勅語の廃止は戦後の教育の原点と言ってもいい。自民党の二階俊博幹事長ですら、教育勅語の暗唱は時代錯誤と言わざるを得なかった。(教育勅語の暗唱は時代錯誤 自民幹事長)

参考 :・ 横路孝弘議員の稲田防衛大臣に対する質疑
   ・教育勅語はどこがダメか

では、道徳を説いた部分に問題はないのか。

道徳を説いた部分は今でも通用するのか。教育勅語擁護派は、「この徳目のどこが問題だ」と主張しているし、批判派の中にも、ここはさほど問題ないという意見がけっこうある。果たしてそうであろうか。

1. この徳目は何を言いたいのか。言葉面だけではわからない。「忠君愛国主義と儒教的道徳」は一体のもの。

たとえば、「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ」という部分。教育勅語は、ただ単に「兄弟仲よく、夫婦も仲良く、親孝行せよ」と道徳を説いているのではありません。人が仲良くするには二通りある。互いに平等に、相手との価値観の違いを認め合うという方法。もう一つは、片方が他方に従う事によって、表面を取り繕い「仲良いように見せる」という方法。さて、教育勅語はどちらの立場か。

前半で、教育勅語の基本は「家族国家観による忠君愛国主義と儒教的道徳」であるところが重要と書いた。儒教思想は、人は平等ではなく、それぞれに役割、妻には妻の役割、臣民には臣民の役割がある、その役割を全うせよという思想である。「臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきた」ように、子は親に孝行せよ、と言っているわけです。自分の立場、役割をわきまえよ、それを前提として、仲良くしろと言ってるんですね。事実、戦前の社会において、夫婦は対等ではなかったし、女性には参政権すらなかった。民法は家父長制を基礎にしていた。戦前の社会では、家父長が絶対的な権力を持っていた。妻は夫に従い、子は親に従い、弟・妹は長男に従い、友達もまたその中の年長者に従う事が当たり前の社会であった。

そして、もう一点。「家族国家観」。国家・社会も家族と同じ構造であるとする儒教的考え方。つまり、この部分は単に道徳を説いているだけでなく、子が親に従うように、臣民は朕に従え、と。家制度のもとでは家父長が絶対的権力者であるのと同様、社会においては君主が絶対的権力者である、それは自明の理だと教育勅語は述べている。教育勅語の全体的構造が、そうなっている。「以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」の「以テ」は、その直前の「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」だけにかかっているのではなく、それより前全体にかかっていると解釈する事もできる。「朕惟フ」を「私は思う」と訳すのが間違い(間違いではないが正しくもない)であるように、「相和シ」を「仲良く」と訳したのでは間違いではないがその意味が正しく伝わらない。あえていうなら、戦前社会の実態からいうと「従え」と訳してもいいくらいだ。

【4/17追記】「夫婦相和し」の意味は「仲良く」ではなかった

【追記ここまで】

 政治思想史に詳しい放送大教授の原武史さんは「現憲法の国民主権、基本的人権の尊重と正反対の内容です。『良いことも書いてある』と評価する人は、一体どういう読み方をしているのか」とあきれるのだ。
 なぜなら「父母に孝に……」などの「徳目」が並ぶ一文は「以て天壌無窮の……」で結ばれる。「つまり『良いこと』のように並ぶ徳目は、すべて皇室を支えるために臣民に課す、という位置づけです。戦前の小学校でも、これが教育勅語の核と教えられた。一部を切り出し、全体を評価することはできません」と解説する。
毎日新聞 特集ワイド 最近話題の「教育勅語」肯定論は… 歴史修正主義と表裏一体

荻上 「臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし……」から始まる長い一文を見てみると、はじめの方は、家族を大事にしなさい、慈愛をもって人に接しなさいというような、個人に対する教えが書かれていますが、文の最後は「……万一危急の大事が起つたならば、大義に基づいて勇気をふるひ一身を捧げて皇室国家の為につくせ」となっていて、それぞれの教えはそこにつながっていく。国民個人の振る舞いを尊重するといった意味ではなくて、臣民としてのあるべき姿として天皇のために尽くせ、という図式に見えますね。

辻田 その通りで、一番強いメッセージは「天皇国家のために努力しろ」ということなんです。もともと自由民権運動を抑えるために作られたわけですから、独立、自治、民主主義などの考え方とは当然、逆の立場になるわけです。
《教育勅語》には何が書かれているのか? 辻田真佐憲×荻上チキ

「教育勅語に反対している人たちは、浮気しましょう、離婚しましょうという考えですか」などと浅はかなことを言う奴がいるが、世の中多様である。離婚せざるを得ない事情、離婚した方がお互いのため、というケースもある。その場合「離婚は権利である」。その権利を行使するかしないかは本人次第。それともそのような場合、どちらか片方(主に女性の側)が耐え忍ぶべきだというのか。また、離婚に至った場合、当事者は反道徳な人種として肩身の狭い生き方をしろ、という事なのか。もちろん離婚に至らなくても、夫婦といえども違う環境で育ち異なる価値観を持っている。その多様性を認め合わなければうまくいくわけがない。

三世代同居に対する税法上の優遇や、「家庭教育支援法」、「親子関係断絶防止法」など、安倍政権は、彼らが考える「伝統的家族」を復活させようとしている。個人の自由を押しとどめてきた「家制度」の復活は、安倍政権の軍国主義化やカルト的戦前回帰主義的指向、憲法改正と無関係ではない。彼らが「日本的伝統」などと言い出したらむしろ疑った方が良い。

参考 :・ 矛盾だらけの教育勅語は「徳目」こそが問題なのだ
   ・「家庭教育支援法」成立目指す自民 「伝統的家族」なる幻想 家族の絆弱まり、家庭の教育力低下--!?

2. 国家(君主)が国民(臣民)に道徳(特定の価値観)を強制するおぞましさ。

国家が特定の価値観を国民に強制する、いわば「公認の価値観」ほどおぞましい事はない。離婚しようがしまいがほっといてくれ、国家が口出しすべき事ではない。「公認の価値観」があるということは、他方で公認されない価値観があるという事だ。

自由民権運動対策が念頭にあったこともあり、独立自治などにつながる徳目が慎重に排除されていることは見逃せない。
「教育勅語」復活論者は、単に歴史の無知をさらしているだけ

教育勅語の350文字ほどの文言の中に、1つでも「あなたらしく」「個性的で」「多様な価値観を遵守し」「幸せに生きて」といった言葉があるでしょうか?
「教育勅語」を問題視しない人の超危険度

 道徳は、一人ひとりの「私」が、自分のありのままの心を見つめることが「はじめの一歩」で、その私の心の自由がなければ、何も始まりません。自由に想い、自由に考え、自由に行為し、その自由の結果に責任を負おうとするのが、道徳のはじまりです。個人が「それぞれ独自の内面世界をもつ人間」として精神的自立を成し遂げようとするのが、道徳なのです。
 したがって、大人が子どもに箇条書きの規範を覚えさせるというのは、その内容がいかなるものであれ、反道徳にしかなりません。一人ひとりの精神的自立を育てるための手間暇のかかる営み、その過程(プロセス)が道徳=人間的な精神を生みだすのです。
教育勅語は、「反道徳」の見本なのだ、ということが今も分からぬ日本人では哀れです。

道徳も愛国心も、人から、まして国家から強制されるものではない。国家が特定の価値観を国民に強要するなど、内面の自由の侵害に他ならないし、国民一人一人が自分の頭で考える事を放棄せよ、と言っているに等しい。親孝行がいい事であるかどうかが問題ではない。親孝行がいい事だと国家が強要してもいいのか、親孝行しない奴は不道徳な非国民だと国家が宣言する事がいい事なのかどうか、という問題なのだ。国家が道徳を説き始めたらろくな事はない。それは「自分の意見を持つな。国家が示す規範に従え」という全体主義に他ならない。

教科書検定が『我が国や郷土に愛着を』持たせるため、パン屋を和菓子屋に変えさせた件など、滑稽でもあり、バカバカしくもあるが、何よりグロテスクである。稲田防衛大臣が「日本が高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すべき」と述べたが、これも一見正しいことを言っているように思えるかもしれないが、しかしこれって、裏を返せば「日本だけが特別」という他民族蔑視、レイシズムとコインの裏表。「ニッポンスゴイ」と同じでグロテスクで気持ち悪い。

参考 : ・国主導「世界が驚くニッポン」に「さすがに恥ずかしい」

3. 憲法改正と同じ。「道徳」云々は口実にすぎない。

しかも滑稽なのは、森友事件で明らかになったように、教育勅語擁護論者の方が、こうした道徳観と正反対な行動をとっているという事だ。嘘をつく、法を破る、昨日まで固い絆で結ばれていた友を裏切る、、、、。彼らにとって「道徳」は口実にすぎない。

それはあたかも、憲法改正に「教育無償化」や「環境権」を持ち出すようなものだ。口実は何でもいい。憲法改正という前例を作るためなら。そう主張する政治勢力が、教育無償化に最も熱心に取り組んでいるわけではない。同じように、教育勅語には道徳など今でも通用する真理が含まれていると主張する勢力にとっては、道徳は勅語を擁護する屁理屈にすぎない。道徳にしろ、教育無償化にしろ、環境権にしろ、多くの人が批判をためらうような口実であればあるほど都合がいい。

「隣人と仲良く」ということを言いたいなら、いまさら教育勅語など持ち出さなくても、隣国と、在日外国人とも仲良くやっていけるという事を、実際の行動で示せば良いではないか。子どもは親(世代)の行動から道徳を学ぶ。ヘイトやレイシズムがまかり通る今の日本は、子どもたちに「友とは仲良く」しなくてもよいという誤ったメッセージを送り続けている。正さなければならないのは、まずそちらが先だ。

参考 : ・籠池、稲田だけじゃなく小籔千豊も「教育勅語のどこが悪い」 ならば教えよう、教育勅語はここが悪い!
   ・籠池や稲田が持ち出した「教育勅語」の現代語訳は“偽物”だった! 作成したのは元生長の家シンパ
   ・「教育勅語」を愛する人々

【3/30 追記】《 森友学園問題の出発点は安倍内閣による2006年の教育基本法の改正だった 》
森友学園新理事長(娘・町浪)名による「理事長より皆様へ」と題する総括文書が3/30付けで出された。
http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/wp-content/uploads/07216f9fab6acf7d288005900360f996.pdf
それなりに真摯な内容だと思う。
この中で、注目すべきは「(愛国教育は)教育基本法が平成18(2006)年に改正された際に新たに設定された「我が国と郷土を愛する態度を養う」との教育目標を活かそうとした結果(一部中略)」と述べている点だ。そして、今後は(第一次安倍内閣時に改正される以前の)教育基本法の精神に戻ると述べている。
この教育基本法改正では、第1条(教育の目的)から「真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ」という文言を削除し、
第二条では、(教育の方針) を(教育の目標)と書き換え、「この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない」という部分も削除された。
元の第二条は、抽象的、普遍的な内容だったが、新たな第二条では、かなり具体的な目標を5項目並べ、第1項目では道徳心に、第3項目では公共の精神に触れ、その5番目が「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」という内容となった。
この改正は、教育勅語の反省から生まれた教育基本法の精神を根本的に踏みにじるものだった。
http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/06121913/002.pdf
この改正案は第1次安倍内閣(自公連立政権)の下、11月16日、衆院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決した。民主、共産、社民、国民新の野党4党は15日の衆院教育基本法特別委員会で与党が単独で採決したことに抗議して16日の本会議を欠席した。12月15日午後には参議院の本会議で成立した。

【3/31 追記】《 「正気ですか?「パン屋は愛国心が足りない」という道徳教育の愚」より 》

道徳教育はかならず政治に翻弄される。これは避けられない。そして道徳教育が中立的でも科学的でもありえない以上、そこにはつねに価値観の押しつけなどの問題が含まれてしまう。
正気ですか?「パン屋は愛国心が足りない」という道徳教育の愚

【4/4 追記】
政府が教育勅語を教材で用いること否定しない答弁書を決定した。
「「憲法や教育基本法等に反しないような形で」ならOKという言い分だが、教育勅語は戦後の国会で、排除・失効を決議されている。その存在自体が憲法違反であり、憲法に違反しない形で用いることなど不可能だ。なぜ、そこまでして教育勅語を否定することを拒むのか。「国権の最高機関」である立法府が決めた事を、行政府が覆す事はできない。


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自民・桜田議員が慰安婦は「職業としての売春婦」と発言 – 研究者は「強制性はあった」、しかも当時慰安婦制度があったのは日本とドイツだけ

自民党の桜田義孝元文部科学副大臣(衆院千葉8区)

自民・桜田議員が慰安婦は「職業としての売春婦」と発言 – 研究者は「強制性はあった」、しかも当時慰安婦制度があったのは日本とドイツだけ

14日、自民党の桜田義孝元文部科学副大臣(衆院千葉8区)が慰安婦について「職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ」と問題発言。

慰安婦「職業としての売春婦」 自民・桜田議員が発言
 自民党本部で十四日開かれた外交・経済連携本部などの合同会議で、同党の桜田義孝元文部科学副大臣(衆院千葉8区)が慰安婦について「職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ」と発言した。
◆桜田氏の発言要旨
 よく従軍慰安婦の問題が出るが、日本で売春防止法ができたのは昭和三十年代だ。それまでは職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ。
 売春婦だったということを遠慮して(言わないから)、間違ったことが日本や韓国でも広まっているのではないか。

驚くべき発言というほかない。しかも発言したのは文部科学副大臣 !!
桜田議員は、2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事でもある。

昨年末に、日韓両政府は、慰安婦問題で合意したはずではないのか。
「不可逆的に解決」と言うなら、日本側も「従軍慰安婦は存在しなかった」「自由意志の売春婦」などの見解を蒸し返すべきではない。
しかし、それも無理だろう。

慰安婦問題での妥協は米日韓の一体的有事体制のため – 今こそ先の戦争に対する真摯な反省を」という記事でも書いたが、今回の合意は残念ながら真摯な反省に基づく謝罪ではなく、「政治的な妥協」にすぎない。
だから、双方の側から何度でも蒸し返されるであろう。

桜田議員は、非難の嵐に、さすがに同日夕方、発言を撤回した。
自民党内部からも非難の声が上がった。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201601/CK2016011502000110.html
https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=149897
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/politics/politics/1-0222963.html
しかし、これもいつものパターンだ。
本心から考えを改めたのか、批判が多いのでとりあえず引っ込めただけなのか。

本当の和解のためには、当事者に(韓国政府にではない)対する真摯な謝罪と、その前提としての歴史検証・真相究明が必要だろう。

識者に問う慰安婦合意の法的拘束力(2) 「政府は被害者の権利を消滅させられない」
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23070.html

従軍慰安婦問題、強制性はあった

従軍慰安婦についての資料はいくらでもある(注1)。
2014年04月10日には研究者による「強制性はあった」という記者会見があった。

従軍慰安婦問題、強制性はあったー吉見義明教授・林博史教授が海外メディアに訴え
慰安婦にされた女性は、騙しや甘言による誘拐、あるいは暴行・脅迫による略取、人身売買など、徴募方法は当時の刑法や国際条約に反する形態が多く、慰安所での強制・拘束は明らかに本人の意思に反した性奴隷状態でした。
これらは過去二十数年の調査研究はもとより、アジア各国での被害者の証言から明らかであり、すでに国際社会での共通認識になっています。
2014年に入っても慰安婦強制を示す新資料が発掘されています。

法務省は2,000ファイル以上の資料を持っている。しかしながら河野談話を出すにあたり、この中から2点しか報じていない。
オランダ政府は慰安婦問題について1994年に調査報告書を出しているが、それを読むと、オランダ人女性に軍・官憲が暴力を用いて連行したことを示す資料があるということが、いくつか例をあげて書かれている。それから、中国のケースでは、中国人女性たちが賠償を求めて日本の裁判所に訴訟を起こし、結果敗訴はしたが、判決の中で、中国で軍人が女性たちを暴力的に連行して慰安婦状態としたことを認定している。これも公文書と言えると思う。

被害者を「自由意志による売春婦」と罵る事はセカンドレイプに等しい。
こうした発言をするものはその自覚がないのであろうか。
証拠はいくらでもあるのに、ウソも百回言えばごまかせると思っているのか ??

被害者は自分が被害者である事を名乗り出る事すら難しい。
戦後も、心の傷を負ったまま、社会に受け入れられずに(あるいは過去を隠し続けて)人生を過ごしてきた。
その事を考えれば、被害者がご存命のうちに真の和解がなされるべきだろう。
しかし、既に亡くなった方もおり、残された時間はほとんどない。

「慰安婦」制度があったのは日本とナチスドイツだけ

秋には集団的自衛権行使、自衛隊にも戦死・戦傷者 PTSD対策も – 戦争は兵士に何をもたらすのか」という記事でも触れたが、女性兵士が組織内に存在する現代では、自国軍兵士によってレイプされるという事件も珍しくはない。

イラク帰還の陸上自衛隊員の自殺率は日本平均の14倍以上、米兵自殺者はアフガン戦死者に迫る
自衛隊というのは「暴力の闇」の中にあると感じています。男性の自衛隊員から殴打も含む虐待を受け、声を出すこともできなくなり自殺に追い込まれた女性自衛隊員。異動のはなむけとして15人を相手に格闘訓練と称したリンチを受け亡くなった自衛隊員。先輩の暴行を受け左目を失明した自衛隊員。自衛隊員の自殺の原因に、日常的な上官らのいじめがあったとして遺族が提訴しているケース。守るべき一般市民を自衛隊員が襲った連続強姦事件。上司からセクハラされた上に退職強要を受けた女性自衛官の裁判闘争。自衛隊員へのアンケート結果によると、女性隊員のうち18.7%が性的関係の強要を受け、強姦・暴行および未遂は7.4%にものぼり、自衛隊全体で700人以上が強姦・暴行および未遂の被害を受けているのです。

アメリカ軍女性兵士のレイプ事件が多発!女性兵は「慰安婦」代わり

イスラエル女性兵士の81%は軍内性暴力の被害者に

27分ごとに発生する米兵の性暴力で女性兵士の3割がレイプ被害 – 軍隊は女性も住民も兵士自身も守らない

軍隊そのものが「上官の命令には絶対服従」= 暴力によってでも命令に従わせるという暴力システムである。
自国軍兵士への暴力も当然のように行われる。
まして相手が、「植民地(占領地)の女性」というより弱い立場の場合、何が行われたかは想像を絶する。

しかし、「軍隊による(性)暴力」という一般論では片付けられない特殊な事情が旧日本軍やドイツ軍にはあった。

第2次大戦中「慰安婦」制度があったのは日本とナチスドイツだけ
「『慰安婦』は戦争をしているどこの国にもあった」と橋下徹さんは言っていますが、それはウソです。ウソであることは近現代史をきちんと見れば分かることです。第2次世界大戦中、軍が組織的・系統的に「慰安婦」制度をつくっていたのは日本とナチス・ドイツだけで、「どこの国にもあった」ということ自体、歴史的事実に反します。日本の場合、「慰安所」設置の計画立案、業者の選定・依頼・資金斡旋、女性集め、女性の輸送、「慰安所」の管理、建物・資材・物資の提供など、全面的に軍が管理運営したことが、旧陸海軍や政府の関係資料でも明らかになっています。

従軍慰安婦問題、強制性はあったー質疑応答
第二次世界大戦について言えば、これまでの様々な研究では、このような慰安所のシステムを持っていたのは日本軍とナチスドイツだけしか明らかでないと思う。慰安所は日本軍の規定の中で公式の施設とされていたが、こういう軍隊は他にはなかなか例はないのではないか。現地で軍が売春宿を管理するということは他の軍隊でもあり、アメリカ軍でもあった。ただ、私がアメリカの国立公文書館で調べたところ、その事実をワシントンが知ると、それを閉鎖させていた。つまり、アメリカ軍は公式の施設として認めてはいなかったということだ。これは日本軍とは決定的に違うところだろう。
また、朝鮮戦争のときに、韓国軍が慰安所を作っている。ただし、このときの韓国軍の慰安所を作った責任者たちは、すべて旧日本軍の将校だった。つまり日本軍の悪い習慣が韓国軍に伝わったという意味で、日本人として反省しなければならないことだと思っている。

「他の国もやっていたから日本は謝らなくても良いということにはならない」ということだけではない。
当時「慰安婦」制度があったのは日本とドイツだけ、というのがリンク先の主張です。
「第2次世界大戦中、軍が組織的・系統的に「慰安婦」制度をつくっていたのは日本とナチス・ドイツだけで、「どこの国にもあった」ということ自体、歴史的事実に反します。」
「1930年代には、当時の独立国の半数以上にあたる30数カ国が公娼制を廃止しました。」

慰安婦問題でも南京大虐殺でも、歴史修正主義者が考える事は同じだ。
罪を犯した時に、できればなかった事にしたい。それが無理なら、なるべくその意味合いを軽いものにしたい。
「本人の自由意志で来たんだ、強制ではない」、、、、。
思いっきり死ぬほどぶん殴っておいて、「いやちょっと肩が触れただけ」などという見苦しい言い訳。
まるで子供のような言い訳と開き直りの方がよっぽど恥ずかしい(怒)。
何度でも書くが、事実をはっきり認めて真摯な謝罪と繰り返さないという決意がない限り、この慰安婦問題は真の解決にはたどり着かないだろう。

・画像は、ハフィントンポスト「「慰安婦は職業としての娼婦」 自民党の桜田義孝議員が発言」より
http://www.huffingtonpost.jp/2016/01/14/ianfu-sakurada_n_8976130.html


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・(注1)
★「Fight for Justice 日本軍「慰安婦」――忘却への抵抗・未来の責任」より
軍慰安所で強制はなかったの?
証言
資料庫
動画
本・映像資料ガイド

★強制性を示す新資料6点
http://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/201312060000/
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20131122/1385132104

★その他
『日本軍「慰安婦」問題の核心』 問題歪曲に厳しく警鐘
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-197677.html

『報道特集』 がついに中曽根元首相の「土人女を集め慰安所開設」文書を報道!
http://lite-ra.com/2015/07/post-1323.html
中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録が
http://lite-ra.com/2014/08/post-413.html

「女の耐久度」チェックも! 産経新聞の総帥が語っていた軍の慰安所作り
http://lite-ra.com/2014/09/post-440.html

日本は慰安婦の強制連行を認めていた
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/78/index.html

戦後責任ドットコム・日本軍「慰安婦」問題 
http://space.geocities.jp/ml1alt2/data/data5/data5.html

従軍慰安婦問題、強制性を裏付ける証拠発見
http://newclassic.jp/11996

[戦時性暴力]16年前から明らかになっていた資料がいまさら問題にされる事態の情けなさについて
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130627/p1

元「慰安婦」女性が特派員協会で会見 日本軍の関与について「私が証拠だ」
http://www.j-cast.com/2015/04/24233948.html

慰安婦「強制連行」の証拠(史料)なんて、たくさんあるのだという話
http://togetter.com/li/810265


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基地、原発、慰安婦、この国の政治手法はいつからヤクザまがいになったのか

沖縄 島ぐるみ会議 1

我が国政府の政治手法はいつからヤクザまがいになったのか。

2015年、安倍政権の「安保法制」や「辺野古基地問題」など、国民無視の悪政が際立った一年だった。
しかもただそれだけではなく、その政治手法には「政策」らしきものがなく、ただ金で言う事を聞かせるという政治の堕落も問題になった。

琉球新報<社説>2015年回顧 民主主義問われた1年 諦めず、声を上げ続けよう
「戦後70年、戦争体験者が少なくなる中、あらためて不戦を誓った1年が暮れようとしている。
 沖縄戦の教訓である「軍隊は住民を守らない」。県民はそのことをよく知るからこそ、戦争につながる全てのことを否定してきた。
 そうした県民、国民の願いと逆行するように、安倍政権は辺野古新基地建設や安全保障関連法成立などで強硬姿勢をあらわにし、民意と強権の対立が鮮明になった。」
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-196803.html

沖縄の基地問題で、金をちらつかせて恫喝

辺野古新基地に反対する沖縄の民意に、予算をちらつかせて恫喝発言をしたのは、本来沖縄の声を政府に届けるべき島尻沖縄担当相だった。
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-188826.html

一方辺野古新基地に隣接する地元「久辺(くべ)三区」には、県や市を通さず直接補助金を交付 地元3地区に国補助金交付へ 辺野古基地反対名護市の頭越し
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201510/CK2015102702000116.html

「沖縄振興予算」は、基地を受けていれいる事への「見返り」ではない。
従って新基地に賛成か反対かで予算額が変動する性格のものではないはずだ。
また、条件付き賛成(注1)の地元にだけ直接補助金を交付するなど許されない事だ。

社説[辺野古直接補助金]地域壊す姑息な手段だ
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=143589

・注1 地元が「条件付き賛成」ではない事は、上記「沖縄タイムス」の社説の通り。

[ 関連記事 ]オール沖縄会議発足。島尻沖縄担当相は沖縄振興予算で恫喝発言。

原発問題でも、交付金のアメとムチ

原発1基再稼働で最大25億円 立地自治体に新交付金、経産省
http://this.kiji.is/42437628732899329?c=39546741839462401

一方で、停止中の原発については、交付金の算出方法を変更して減額させる。

原発再稼働しなければ交付金を減額 国が自治体へ圧力
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-12-30/2015123001_01_1.html

本来地方交付金は、時の政府が、「中央政府の言うことを聞くかどうか」で恣意的に金額を決めていいものではありません。
原発も沖縄基地も、その点では同じ構図(注2)。支配のためのアメとムチ、地方自治の破壊です。
中央集権国家・独裁国家ではない以上、地方自治体は国の下請け機関ではない。

・注2 原発は曲がりなりにも地元自治体が一度は受け入れを承認して建設されているのに対し、沖縄の基地はそうではない点が大きな違い。

これに対し、柏崎刈羽原発の再稼働に慎重な泉田新潟県知事は、インタビューのあと、「ここまで言ったら危ないかも」と呟いた。
「僕は自殺しませんから。遺書が残っていても、自殺ではない。もし僕が自殺なんてことになったら、絶対に違うので調べてください」と言われた。
http://sun.ap.teacup.com/souun/11984.html
http://blog.goo.ne.jp/kimito39/e/886145534573957dd59ccb840b2fb66f

翁長沖縄県知事と同様、住民の立場に立って闘う姿勢だ。
先に触れた「交付金減額」も、事実上、新潟を狙い撃ちにしている。

慰安婦問題も金の問題ではない

前回記事で触れた元従軍慰安婦の問題も金の問題ではない。

本当に謝罪の意思があるなら、安倍首相自らが直接当事者に会って、お詫びの言葉を述べるべきだ。
そのうえで、補償の問題は、相手の要望も聞きつつ検討すべきだが、まるで順番が逆である。
(当事者の意向も確かめず「合意」した韓国政府も問題だが、それはさて置く)

それどころか、これも前回の[ 追記 ]で触れたが、日本政府は少女像が撤去されなければ10億円を拠出しないとまで言い出した。

【速報】少女像撤去なければ10億円拠出せず
http://this.kiji.is/54930902912892936

当然韓国側の反発は強く、問題はこじれるばかりだ。
その大元は、「金さえ払えば」という日本政府の立場にある。

韓国団体、内外で少女像増設宣言 撤去拒否 慰安婦合意に影響も
http://this.kiji.is/54868275649938933
韓国、少女像報道で日本に抗議 元慰安婦側は反発
http://this.kiji.is/53448407372447752

[ 関連記事 ]慰安婦問題での妥協は米日韓の一体的有事体制のため – 今こそ先の戦争に対する真摯な反省を

基地・原発・慰安婦、我が国政府の政治手法はいつからヤクザまがいになったのか

基地・原発・慰安婦問題、それぞれ事情の異なる問題だが、本質的な解決のためにはまず相手の言い分を聞くというところから始めるしかない。
だが、我が国政府の手法はそうではない。

言う事を聞くなら金を払う、聞かないなら払わない。
単純化して言えば、ただ、これだけだ。
札束でひっぱたいて言う事を聞かせる、やくざまがいの手法(と言ったらやくざさんに失礼か)。

歴代自民党政治がまともだったとは言わないが、
それと比べても安倍政権は、特別際立って、強引さが目立つ、ネオナチ・ファシスト政権だ。

2016年、夏には参議院選挙もある。衆議院との同時選挙の可能性もある。
野党の共闘によって、この政権をやめさせなければ、日本の未来は危ない。

画像は「島ぐるみ会議」のオフィシャルサイト
http://shimagurumi.org

沖縄 島ぐるみ会議 2


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