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熊本・大分地震をダシに菅官房長官が改憲発言。丸川環境大臣は「川内原発は運転停止の必要なし」。国民の安全安心を守るはずではなかったのか ?

熊本・大分地震、野外で避難

熊本・大分地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、心身に傷をおわれた方の一日も早い回復と被害がこれ以上大きくならないことを切望いたします。

不幸な災害にかこつけて改憲発言

不謹慎にも、菅官房長官が地震にかこつけて「改憲」発言(怒)。

緊急事態条項「極めて重い課題」 熊本地震で官房長官
 菅義偉官房長官は15日の記者会見で、熊本地震に関連し、大災害時などの対応を定める緊急事態条項を憲法改正で新設することについて「極めて重く大切な課題だ」と述べた。「憲法改正は国民の理解と議論の深まりが極めて重要だ」とも語り、慎重に検討すべきだとの立場を示した。
 自民党は野党時代にまとめた憲法草案で、緊急事態条項の新設を明記している。

しかし、以前の記事で、災害時にはむしろ現場にこそ権限を集中すべきこと、そして被災を経験した自治体首長はむしろ緊急事態条項は不要と言っている事を紹介した(注1)。今回もその事を裏付ける出来事があった。

熊本地震 知事「現場分かってない」…「屋内避難」に反発
 政府が熊本地震を受けて15日に「全避難者の屋内避難」の方針を打ち出したことに対し、熊本県の蒲島郁夫知事が「現場の気持ちが分かっていない」と反発した。熊本県庁であった松本文明副内閣相との会談で述べた。
 地震が発生した14日夜に益城町や熊本市の中心部で屋外避難をする人が目立ったことを受け、政府は屋内に避難させるよう自治体に求める方針を決めた。
 松本副内閣相によると、「河野(太郎)防災担当相に『今日中に青空避難所というのは解消してくれ』と強く言われて参った」と力説したところ、知事は「避難所が足りなくてみなさんがあそこに出たわけではない。余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ。現場の気持ちが分かっていない」と不快感を示したという。【中里顕、原田悠自】

地震を経験した私の知人からも聞いたが、天井や照明器具が落ちてくるのではないか、窓ガラスが割れるのではないか、最悪の場合建物が崩壊するのではないかという心配でとても建物の中に入る気がしない、というのが被災者の心理だ。これは一例にすぎないが、こうした「現場でなければ分からない話」はいくらでもある。場所や時が違えば事情も異なる。事情のわからない者が善意でした事でさえ、結果的には迷惑になる事だってある。だからこそ、こうした場合には「現場にこそ権限を」集中すべきであって、内閣に権限を集中するなどとんでもない話である。
独裁体制を確立するための「緊急事態条項」を含む憲法改正のために災害をダシにすべきではない。

地震連鎖可能性否定出来ない、原発止めるべき

今回の地震の特徴は、大きな余震がかなり頻発していること。そればかりか、気象庁は、16日の地震を「本震」と位置づけ、14日の熊本地震をその「前震」に格下げした。気象庁の課長は拡大していく地震現象について観測史上例がない事象である可能性を示唆し、「これ以上の本震が今後あるかもしれない」「国内最大級の活断層『中央構造線断層帯』の延長で起きた今回の地震は大分、愛媛などでも起きる可能性がある」と専門家は指摘している (注2)。

だとするならば、川内原発は止めなくていいのか。現在停止中の伊方原発も何らかの対応を取らなくていいのか。どちらも今回の地震との関連を強く指摘されている「日本最大の活断層、中央構造線」の上に建っている(注3)。本来はその事自体が大問題だが、せめてこうした大地震がすぐ近くで起きた時、さらに地震活動が継続する可能性の高い時くらい慎重に対応すべきではないのか。だが日本政府、丸川環境大臣(原子力防災担当兼務)の判断は、この常識的判断とは異なるようだ。

原子力防災相 川内原発は運転停止の必要なし
丸川原子力防災担当大臣は、「これまでのところ原子力規制委員会においては川内原子力発電所を停止させる必要はないと判断している。したがって、川内原子力発電所1号機、2号機は、現在も運転を継続している」と述べました。

停止して、結果、何もなければそれでよし。何かが起きてからでは遅いのだ。何かが起きたら、誰も責任を取れない。結局福島でも税金で対応するしかないではないか。そして5年経っても事態は収拾されていない。同じ過ちをまた起こす気なのか。電気が足りないわけではないのだ、いや多少電気が足りていないとしても、最悪の事態を想定するなら、少なくとも一時停止すべきであろう。

こうした中、共産党が川内原発の停止を申し入れた(注4)。廃炉を要求しているのではない(いや、ホントは要求してもよいと思うが)、せめて余震の続く間停止すべきという主張である。
東京新聞も、「一時停止」を直接主張しているわけではないが、「今回の被害を教訓に、起こり得る地震の規模や影響をじっくりと検討し直すべきではないか」という主張を掲げた。

【社説】地震と原発 やっぱり原点に戻ろう

 日本はやはり地震国。九州を襲った「震度7」に再び思い知らされた。福島第一原発事故のそもそもの原因は、地震である。その原点に立ち戻り、原発の安全対策の在り方を再点検するべきだ。

 「今までに経験したことのない揺れだった」と、強い余震が繰り返される中、住民は不安に戦(おのの)く。

 「断層帯全体が動いたにしては規模が小さい」と専門家。さらに大きな地震の恐れがあった、ということなのか。

 あらためて思い知らされた。「いつでも、どこでも、強大な地震は起こりうる」

 今月六日、福岡高裁宮崎支部は、今回の震源地からもさほど遠くない九州電力川内原発の運転差し止めを求める住民の訴えを退けた。

 高裁は、対策上想定される基準地震動(最大の揺れの強さ)を「極めて合理的」と判断した。

 住民側は「国内の原発ではそれを超える揺れが、二〇〇五年以降だけで五回観測されている」と観測地の過去の平均値から基準を割り出す手法に異議を唱えていた。

 瓦や石垣が無残に崩れ落ちた熊本城の姿を見ても、同じ判断ができただろうか。

 国会の福島第一原発事故調査委員会は、原因は津波だけでなく「地震による損傷の可能性も否定できない」と指摘。「小手先の対策を集積しても、根本的な問題は解決しない」と結論づけた。

 ところが、電力会社も原子力規制委員会も、地震の揺れを甘く見すぎてはいないだろうか。

 その象徴がくしくも九電だ。

 九電は、川内原発の再稼働がかなうやいなや、事故対策の指揮所になる免震施設の建設をあっさりと引っ込めた。それでも原子炉は止められない。

 原発は無数の機器と複雑な配管の固まりだ。見かけは正常に動いていても、強い震動がどの部位にどんなダメージをもたらすか。その積み重ねがどんな結果につながるか、未解明のままなのだ。

 断層のずれは、想定外の地震を起こす-。熊本地震の教訓だ。

 規制委の審査を終えて次回再稼働候補とされる四国電力伊方原発の近くには、日本最大の断層である中央構造線が走っている。

 今回の被害を教訓に、起こり得る地震の規模や影響をじっくりと検討し直すべきではないか。

 「いつでも、どこでも、強大な地震は起こる」。地震国日本では、これこそ社会通念であり、一般常識だからである。

日頃は、隣国の脅威から国民の安全安心を守るなどと力んでいる日本政府だが、本当に「国民の安全安心を守る」気があるのかどうか、今回の事態で明白である。

【ご協力を】川内原発を止めてくださいキャンペーンに署名を。署名サイトはこちら

・画像は毎日新聞のサイトより


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・注1
前回も津久井弁護士(日弁連災害復興支援委員会副委員長)のブログを紹介したが、今回も、長文だが津久井弁護士の別の記事を紹介しておく。

憲法改正による「緊急事態条項」創設は、災害の現場にとって有害・危険・邪魔でしかない
緊急事態条項(国家緊急権)を憲法に盛り込もうという動きが急速に強まっている。参議院選の一つの争点になる可能性も濃厚だ。

今のところ具体的な案としては、自民党の日本国憲法改正草案98条・99条しかないが、その内容自体、とても問題が多い。

この分野の第一人者の永井幸寿さん(弁護士)はナチス以上の強権だと指摘し、憲法学の木村草太さんは「内閣独裁条項」と喝破した。

私も全く同感で、自民党の緊急事態条項案は、一人ひとりの市民にとって、あるいは立憲主義社会にとって「劇薬のパッケージ」でしかない。

ただ、その点は別稿に譲ることにし、ここでは、「災害の現場に緊急事態条項が必要だ!」という誤った見解をきちんと正しておきたい。

たとえば、”震災関連死が1632名も出たのは憲法に緊急事態の条文がなかったからだ”などという言説が飛び交っているが(日本女性の会 公式ブログなど)、これなどは災害現場を知らないがゆえの大きな誤りと言わなければならない。

東日本大震災で起きたいくつかの出来事を例にとって、考えてみよう。

■トップ制御は、現場に深刻な思考停止をもたらす‥‥【有害】

「緊急事態条項」というのは、ひとことで言うと、国のトップに全ての判断を委ねる超法規的な措置である。

もし本当に緊急事態条項が適用されたらどうなるか。現場は、トップの指示待ちモードに陥って思考停止となるだろう。

(1) 宮城県石巻市での大川小学校では、児童・教職員84名が死亡・行方不明という悲惨な結果を生んだ。その原因について検証委員会が報告書をまとめている。

事実未解明な部分も多いが、ここで注目すべきは、そのときトップで指揮するはずの校長が不在で、現場の教職員たちは指示を仰ぐため校長や市教育委員会に電話をかけたがつながらず、裏山に登って逃げたいという児童の意見は無視され、その結果、無為に50分が過ぎて津波に巻き込まれてしまった点である。

その場にいる当事者の意見よりも、その場に不在のトップの指示を優先しようとした組織人的なスタンスが痛恨の極みである。

(2) これと対照的に、岩手県釜石市では、市内の小中学校の児童・生徒が即座に避難した。その生存率は99.8%にのぼり「釜石の奇跡」と言われている。

平素から指導に当たっていた片田敏孝(群馬大教授)は、「想定にとらわれず、自ら率先してベストを尽くせ」と子どもたちの各自の判断を尊重する防災教育を浸透させてきた。上意下達の組織判断ではなく、一人ひとりの自律性の尊重。そのスタンスが命を守ったのである。

大災害時の緊急事態で、一人ひとりが持っている権限を吸い上げ、トップにそれを集中するよう切り替えるなどという条項は、現場の思考力を停止させる有害な条項だ。

■中央主導の災害対策は命を危険にさらす‥‥【危険】

(1) 原発事故では、突然の強制避難を強いられたために患者50人が犠牲となった福島県大熊町の双葉病院事件が知られているが、これは原発事故避難計画を立てていなかったことに大きな原因がある。計画の作成を求めなかったのは、ほかならぬ国である。

(2) 国はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)によって、ほぼ正確に放射能飛散を予測していた。しかし、混乱等を心配してその公表を避けた。

福島県浪江町の馬場有・町長は、政府から連絡ひとつ無い中、テレビを見て自主的に全町避難を決断し、北西方向に避難した。その避難路は、放射性物質の飛散方向と一致しており、放射能汚染地域をなぞるように避難したのだ。政府事故調はSPEEDIの情報が提供されていれば「より適切な避難経路や避難方向を選ぶことができた」と指摘した。

国は、事前にも、事後にも、正しい判断をするとは限らない。国益優先、混乱防止、秩序維持のためであれば、一人ひとりの命は後回しになる可能性が高い。

現にそのようなスタンスで一人ひとりが犠牲にされている政策は、枚挙に暇がない。

(3) 私は、地域で700数十名が死亡・行方不明となった宮城県名取市の閖上地区の第三者検証委員会の一委員として惨事の原因究明に当たった。

その中で、分かったことだが、市は1999年に住民と共に津波8m予想の「津波防災マニュアル」を作成していた。ところが、2004年に宮城県が2.6mの統一的な津波被害想定を出したため、甘い想定で海に近い公民館を避難場所に指定したという事実があった。現場のことは現場が判断するのが正しく、現場から離れた上位者に従うのは危険。そう感じた。

緊急事態条項は、一人ひとりの小さな命よりも国益や統一性を重んじた災害対策となりがちであり、それを容認するシステムであるから、私たち一人ひとりの命にとって、むしろ危険というべきである。

■権限集中は180°逆方向‥‥【邪魔】

先に紹介した日本会議の女性組織は、震災関連死の原因は、緊急事態条項が憲法に欠けていたところにあるなどとコメントしていたが、ピントはずれも甚だしい。政府の見解も同様だ。

(1) 確かに、災害直後の避難所や仮設住宅での暮らしはひどいものだった。被災者の方々を思い浮かべると今も胸が詰まる。

では、そこに欠けていたものは何か?ひとことで言えば、「人権保障」の軽視である。もし、緊急事態条項が働いていたら、人権保障を停止してしまうのだから、被災地の状況はさらに悪化し、想像を絶する悲惨な状況に置かれていたに違いない。

法制度の技術面でいうと、①第1に災害救助法が戦後直後を想定した古すぎる運用水準であること、②第2に災害救助の実践があまりにも準備不足だったこと、③第3に災害救助の実施権限が都道府県(災害対策基本法は市町村)という権限の複雑なねじれがあったことが原因だ。

この点は、東日本大震災前からも、発災直後も指摘されていたが、未だに改善されず放置されている。平時における国の怠慢にほかならない。

その結果、必然的に生じたのが災害関連死。2016年2月末時点で岩手・宮城・福島3県の関連死者数は3405人にのぼり、今も増え続けている。

関連死を防ぐために必要なのは、中央の緊急事態条項ではない。一人ひとりの被災者に寄り添う現地の人々の手とつながりだ。

2016年3月末、陸前高田市での相談の場で、ある被災者が「震災直後より今の方が辛い」と語った。空想の世界における災害対応の前に、いま目の前で苦しんでいる被災者に対して為すべきことがあるだろう。

関連死の防止を最優先課題に挙げることさえしない政権に、関連死を引き合いに出して、改憲を語る資格はない。

(2) 東京新聞が被災自治体の首長にヒアリング調査したところ、緊急事態条項が必要だとする意見はほとんどなく、「むしろ現場に権限を下ろしてほしい」と語った。菅原茂・気仙沼市長は、「緊急事態条項があれば、人の命が救えたのか。災害対策基本法の中にある災害緊急事態条項で十分だ」と明快にコメントを寄せている。

私たちが独自に被災地自治体に調査をした結果もほぼ同じだった。首長たちは目の前の被災者を救うために、中央から具体的な権限の移譲を求めていた。災害対応のために改憲を望む声など、無きに等しかった。

もし、「いざというときは中央がなんとかしてくれる」と思ったら人はどうなるだろう。日頃の多忙を優先して、準備を怠る可能性が大である。現場における災害への日常の備えに対するブレーキとなることは必至だ。

結局、緊急事態条項は、現場や自治体から権限を奪って日頃の準備を鈍らせ、ピント外れの中央目線で被災地を仕切ることにより現場に混乱をもたらし、被災者を苦しめる邪魔物でしかない。

■緊急事態条項を憲法化しようとする真意とは

緊急事態条項が、災害の現場にとって「有害」であり、「危険」であり、「邪魔」であることは、ここで挙げた一例にとどまらず、たくさんの立法事実によって説明できる。

東日本大震災で「おかしい」と指摘されてきた事態は、立法事実に基づき、個別の災害法制を正すことによって、制度的にはすべて解決することができる。

むしろ、憲法をいじるよりも、個別の法制をメンテナンスしないと現実に役立たない。なぜなら、現場の行政は、憲法の条文をめくるより前に、個別の災害法制の規定に従って働くからだ。当たり前だ。

災害をダシにして、緊急事態条項を憲法化しようとする動きは、立法事実に真っ向から反するものであって、法的にはまともな議論とはいえない。

おそらく、①災害の現場や法制を知らない善意の意図か、②これを機会に改憲を実現しようとする目論見か、どちらかだろう。

私たちは、前者の方々には災害の現実を知っていただく努力を尽くしたい。そして、後者の方々には正面から意図を問い質したい。

もうお一人、災害分野に詳しい弁護士、小口幸人氏のインタビュー記事はこちら。緊急事態条項の導入は「災害」を名目にした「戦争への準備」

・注2
気象庁課長 観測史上、例がない事象を示唆

専門家「これ以上の本震が今後あるかもしれない」 地震連鎖可能性否定出来ない

震度7級「大分でも」 断層、中央構造線の延長

「熊本地震は南海トラフ地震の前兆かもしれない」専門家が警告

・注3
再稼働で揺れる川内原発の地震対策は、まったくなっていない!

伊方原発「適合」の問題「日本最大の活断層、中央構造線が動くようなことになれば、おそらく壊滅的な被害を受けるだろうと思います」〜第126回小出裕章ジャーナル

・注4

川内原発の即時停止申し入れ 共産党鹿児島県委
 熊本、阿蘇、大分と地震が相次いでいるため、日本共産党鹿児島県委員会は16日、九州電力に対して川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の即時運転停止を求める緊急申し入れをした。同党の小池晃書記局長も同日、世耕弘成官房副長官に川内原発の運転停止を求めた。一方、政府側は「原子力規制委員会は停止の必要性はないとの認識を示している」と説明した。
 県委員会は、原発を即時停止して地震による機器類の影響がないか点検し、余震が続く間は稼働させないことなどを九電に求めた。
 川内原発は基礎岩盤上の地震計が、水平方向の最大加速度160ガルを観測すると自動停止するが、今回の一連の地震では最大8.6ガルだった。このため九電は「自動停止の設定値を下回り、異常も確認されていない」として稼働を続けている。
 小池氏は記者団に「停止しても電力需要に支障はないはずだ」と語った。【遠山和宏】

・参考サイト、こちらも
安倍官邸が最初の地震の後、熊本県の支援要請を拒否! 菅官房長官は震災を「改憲」に政治利用する発言


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